育ち。

 テレビが地震で壊れたままなのでニュースが見れないんだけど、あちこち水害・土砂崩れで大変なことになっているのをネットで目にすると、地震くらいで何言ってんだ、1週間ガスが止まったくらいでいいじゃないか、風呂に入れないくらい何の問題もない、住める場所があるだけまし・・・というような思考になっている自分に気が付く。と書いている直前に地震があったんだけど、ね。震度3くらいもう慣れてしまっている自分もいる。比べても仕方ないし、どうにもできないことなんだけど。実家のあたりも道路が寸断されて、流通がストップしているらしい。

 どうしても人間だからなのか○○よりまし、って何かと比べてしまうようだ。母はよく「下を見るな、上を見ろ!」と言っていた。テストの点数がクラスで1番でも「100点じゃない」と怒られたこともあった。友人が「いい点数を取ったらご褒美になんか買ってもらえるらしい」と言うと、「そんなことのために勉強するなら、しなくていい」と言われたり。じゃあ、何のために勉強するのかもよくわかってなかったんだけど。あまり褒められた記憶がない・・・。いつしか私は、この人たちは「親」という役割を演じている人なんだ、と思うようになった。今は成人してるのでお互い「個」であっても不自然ではないけど、子どものころから「個」であったので、私は愛着形成というものができぬまま大人になった感じ。だから全部が全部「自分で」になってしまい他人に「頼る」「甘える」ができないのだと思う。いいのか悪いのかわからないけど。。。 

言の葉つづり

発達障害(自閉症・ADHD)、精神障害(鬱・PTSD・解離性障害)、身体障害(両下肢不全麻痺)、生活保護(辞退)、LGBT等の当事者で薬物依存、アルコール依存、ギャンブル依存だったこともありながらも表現者である私「もりもと」の言の葉つづり。

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